BigDecimal(可変長浮動少数点演算用拡張ライブラリ)

English

BigDecimal はオブジェクト指向の強力なスクリプト言語である Ruby に可変長浮動小数点 計算機能を追加するための拡張ライブラリです。 Ruby についての詳しい内容は以下のURLを参照してください。

目次


はじめに

Ruby には Bignum というクラスがあり、数百桁の整数でも計算することができます。 ただ、任意桁の浮動少数点演算用クラスが無いようです。そこで、 任意桁の浮動少数点演算用拡張ライブラリ BigDecimal を作成しました。 不具合や助言・提案がある場合どしどし、
shigeo@tinyforest.gr.jp までお知らせください。不具合を直す気は大いにあります。ただ、時間などの関係で約束 はできません。また、結果についても保証できるものではありません。 予め、ご了承ください。

このプログラムは、自由に配布・改変して構いません。ただし、著作権は放棄していません。 配布・改変等の権利は Ruby のそれに準じます。詳しくは README を読んでください。

インストールについて

BigDecimal を含む Ruby の最新版はRuby公式ページからダウンロードできます。 ダウンロードした最新版を解凍したら、通常のインストール手順を実行して下さい。 Ruby が正しくインストールされれば、同時に BigDecimal も利用できるようになるはずです。 ソースファイルは bigdecimal.c,bigdecimal.h の2個のみです。

使用方法とメソッドの一覧

「Rubyは既に書ける」という前提で、

require 'bigdecimal'
a=BigDecimal::new("0.123456789123456789")
b=BigDecimal("123456.78912345678",40)
c=a+b

というような感じで使用します。

メソッド一覧

以下のメソッドが利用可能です。 「有効桁数」とは BigDecimal が精度を保証する桁数です。 ぴったりではありません、若干の余裕を持って計算されます。また、 例えば32ビットのシステムでは10進で4桁毎に計算します。従って、現状では、 内部の「有効桁数」は4の倍数となっています。

以下のメソッド以外にも、(C ではない) Ruby ソースの形で 提供されているものもあります。例えば、文字列から BigDecimal への 変換や、"0.xxxxxEn" という形式ではなく "nnnnn.mmmm" の形式の文字列 へ変換するメソッド等があります。利用するには


require "bigdecimal/util.rb"
のようにします。詳細は util.rb の内容を参照して下さい。

クラスメソッド

インスタンスメソッド

後は、読んで字の如くです。

(評価段階の)クラスメソッド

以下のクラスメソッドは、まだ評価段階ですので、通常では 使用できません。使用するには bigdecimal.c の 「/* #define ENABLE_TRIAL_METHOD */」 のコメントを外し、再コンパイル・再インストールが必要です。

(評価段階の)インスタンスメソッド

以下のインスタンスメソッドは、まだ評価段階ですので、通常では 使用できません。使用するには bigdecimal.c の 「/* #define ENABLE_TRIAL_METHOD */」 のコメントを外して、再コンパイル・再インストールが必要です。

coerceについて

BigDecimal オブジェクトが算術演算子の左にあるときは、BigDecimal オブジェクトが 右にあるオブジェクトを(必要なら) BigDecimal に変換してから計算します。 従って、BigDecimal オブジェクト以外でも数値を意味するものなら右に置けば 演算は可能です。
ただし、文字列は(通常)数値に自動変換することはできません。 文字列を数値に自動変換に自動変換したい場合は bigfloat.c の 「/* #define ENABLE_NUMERIC_STRING */」のコメントを外してから、 再コンパイル、再インストールする必要があります。 文字列で数値を与える場合は注意が必要です。数値に変換できない文字があると、 単に変換を止めるだけでエラーにはなりません。"10XX"なら10、"XXXX"は0 と扱われます。
   a = BigDecimal.E(20)
   c = a * "0.123456789123456789123456789" # 文字を BigDecimal に変換してから計算
無限大や非数を表す文字として、"Infinity"、"+Infinity"、"-Infinity"、"NaN" も使用できます(大文字・小文字を区別します)。ただし、mode メソッドで false を 指定した場合は例外が発生します。
また、BigDecimalクラスは coerce(Ruby本参照)をサポートしています。 従って、BigDecimal オブジェクトが右にある場合も大抵は大丈夫です。 ただ、現在の Ruby インタプリタの仕様上、文字列が左にあると計算できません。
  a = BigDecimal.E(20)
  c = "0.123456789123456789123456789" * a # エラー
必要性があるとは思いませんが、どうしてもと言う人は String オブジェクトを継承した新たなクラスを作成してから、 そのクラスで coerce をサポートしてください。

無限、非数、ゼロの扱い

「無限」とは表現できないくらい大きな数です。特別に扱うために +Infinity(正の無限大)や -Infinity(負の無限大)という ように表記されます。 無限は 1.0/0.0 のようにゼロで割るような計算をしたときに生成されます。

「非数」は 0.0/0.0 や Infinity-Infinity 等の結果が定義できない 計算をしたときに生成されます。非数は NaN(Not a Number)と表記されます。 NaN を含む計算は全て NaN になります。また NaN は自分も含めて、どんな数 とも一致しません。

ゼロは +0.0 と -0.0 が存在します。ただし、+0.0==-0.0 は true です。

Infinity、NaN、 +0.0 と -0.0 等を含んだ計算結果は組み合わせに より複雑です。興味のある人は、以下のプログラムを実行して結果を 確認してください(結果について、疑問や間違いを発見された方は お知らせ願います)。

require "bigdecimal"

aa  = %w(1 -1 +0.0 -0.0 +Infinity -Infinity NaN)
ba  = %w(1 -1 +0.0 -0.0 +Infinity -Infinity NaN)
opa = %w(+ - * / <=> > >=  < == != <=)

for a in aa
  for b in ba
    for op in opa
      x = BigDecimal::new(a)
      y = BigDecimal::new(b)
      eval("ans= x #{op} y;print a,' ',op,' ',b,' ==> ',ans.to_s,\"\n\"")
    end
  end
end


内部構造

BigDecimal内部で浮動小数点は構造体(Real)で表現されます。 そのうち仮数部は unsigned long の配列(以下の構造体要素frac)で管理されます。 概念的には、以下のようになります。

<浮動小数点数> = 0.xxxxxxxxx*BASE**n

ここで、xは仮数部を表す数字、BASEは基数(10進なら10)、nは指数部を表す 整数値です。BASEが大きいほど、大きな数値が表現できます。つまり、配列のサイズを 少なくできます。BASEは大きいほど都合がよいわけですが、デバッグのやりやすさなどを 考慮して、10000になっています(BASEはVpInit()関数で自動的に計算します)。 これは、32ビット整数の場合です。64ビット整数の場合はもっと大きな値になります。 残念ながら、64ビット整数でのテストはまだやっていません(もし、やられた方がいれば 結果を教えていただければありがたいです)。 BASEが10000のときは、以下の仮数部の配列(frac)の各要素には最大で4桁の 数字が格納されます。

浮動小数点構造体(Real)は以下のようになっています。
  typedef struct {
     unsigned long MaxPrec; // 最大精度(frac[]の配列サイズ)
     unsigned long Prec;    // 精度(frac[]の使用サイズ)
     short    sign;         // 以下のように符号等の状態を定義します。
                            //  ==0 : NaN
                            //    1 : +0
                            //   -1 : -0
                            //    2 : 正の値
                            //   -2 : 負の値
                            //    3 : +Infinity
                            //   -3 : -Infinity
     unsigned short flag;   // 各種の制御フラッグ
     int      exponent;     // 指数部の値(仮数部*BASE**exponent)
     unsigned long frac[1]; // 仮数部の配列(可変)
  } Real;
例えば 1234.56784321 という数字は(BASE=10000なら)
    0.1234 5678 4321*(10000)**1
ですから frac[0]=1234、frac[1]=5678、frac[2]=4321、 Prec=3、sign=2、exponent=1 となります。MaxPrecは Prec より大きければいくつでもかまいません。flag の 使用方法は実装に依存して内部で使用されます。

2進と10進

BigDecimal は <浮動小数点数> = 0.xxxxxxxxx*10**n という10進形式で数値を保持します。 しかし、計算機の浮動小数点数の内部表現は、言うまでもなく <浮動小数点数> = 0.bbbbbbbb*2**n という 2進形式が普通です(x は 0 から 9 まで、b は 0 か 1 の数字)。 BigDecimal がなぜ10進の内部表現形式を採用したのかを以下に説明します。

10進のメリット

デバッグのしやすさ
まず、プログラム作成が楽です。frac[0]=1234、frac[1]=5678、frac[2]=4321、 exponent=1、sign=2 なら数値が 1234.56784321 であるのは見れば直ぐに分かります。
10進表記された数値なら確実に内部表現に変換できる
例えば、以下のようなプログラムは全く誤差無しで 計算することができます。以下の例は、一行に一つの数値 が書いてあるファイル file の合計数値を求めるものです。

   file = File::open(....,"r")
   s = BigDecimal::new("0")
   while line = file.gets
      s = s + line
   end
この例を2進数でやると誤差が入り込む可能性があります。 例えば 0.1 を2進で表現すると 0.1 = b1*2**(-1)+b1*2**(-2)+b3*2**(-3)+b4*2**(-4).... と無限に続いてしまいます(b1=0,b2=0,b3=0,b4=1...)。ここで bn(n=1,2,3,...) は 2進を表現する 0 か 1 の数字列です。従って、どこかで打ち切る必要があります。 ここで変換誤差が入ります。もちろん、これを再度10進表記にして印刷するような 場合は適切な丸め操作(四捨五入)によって再び "0.1" と表示されます。しかし、 内部では正確な 0.1 ではありません。
有効桁数は有限である(つまり自動決定できる)
0.1 を表現するための領域はたった一つの配列要素( frac[0]=1 )で済みます。 配列要素の数は10進数値から自動的に決定できます。これは、可変長浮動小数点演算では 大事なことです。逆に 0.1 を2進表現したときには2進の有効桁をいくつにするのか 0.1 を 見ただけでは決定できません。

10進のデメリット

実は今までのメリットは、そのままデメリットにもなります。 そもそも、10進を2進、2進を10進に変換するような操作は変換誤差 を伴う場合を回避することはできません。 既に計算機内部に取り込まれた2進数値を BigDecimal の内部表現に 変換するときには誤差が避けられない場合があります。

最初は何か?

自分で計算するときにわざわざ2進数を使う人は極めてまれです。 計算機にデータを入力するときもほとんどの場合、 10進数で入力します。その結果、double 等の計算機内部 表現は最初から誤差が入っている場合があります。 BigDecimal はユーザ入力を誤差無しで取り込むことができます。 デバッグがしやすいのと、データ読みこみ時に誤差が入らない というのが実際のメリットです。

計算精度について

c = a op b という計算(op は + - * /)をしたときの動作は 以下のようになります。

1.乗算と除算は(a の有効桁数)+(a の有効桁数)分の最大桁数(実際は、余裕を持って、 もう少し大きくなります)を持つ変数 c を新たに生成します。 加減算の場合は、誤差が出ないだけの精度を持つ c を生成します。例えば c = 0.1+0.1*10**(-100) のような場合、c の精度は100桁以上の精度を 持つようになります。
2.次に c = a op b の計算を実行します。

このように、加減算と乗算での c は必ず「誤差が出ない」だけの精度を 持って生成されます。除算は(a の有効桁数)+(a の有効桁数)分の最大桁数 を持つ c が生成されますが、c = 1.0/3.0 のような計算で明らかなように、 c の最大精度を超えるところで計算が打ち切られる場合があります。

いずれにせよ、c の最大精度は a や b より大きくなりますので c が必要とする メモリー領域は大きくなることに注意して下さい。

注意:「+,-,*,/」では結果の精度(有効桁数)を自分で指定できません。 精度をコントロールしたい場合は、以下の add,sub 等のメソッド を使用します。

自分で精度をコントロールしたい場合

自分で精度(有効桁数)をコントロールしたい場合は assign、add、sub、mult、div 等のメソッド が使用できます。 以下の円周率を計算するプログラム例のように、 求める桁数は自分で指定することができます。

#!/usr/local/bin/ruby

#
# pi.rb
#  USAGE: ruby pi.rb n
#   where n is the number of digits required.
#  EX.: ruby pi.rb 1000
#

require "bigdecimal"
#
# Calculates 3.1415.... using J. Machin's formula.
#
def big_pi(sig) # sig: Number of significant figures
  exp    = -sig
  pi     = BigDecimal::new("0")
  two    = BigDecimal::new("2")
  m25    = BigDecimal::new("-0.04")
  m57121 = BigDecimal::new("-57121")

  u = BigDecimal::new("1")
  k = BigDecimal::new("1")
  w = BigDecimal::new("1")
  t = BigDecimal::new("-80")
  while (u.exponent >= exp) 
    t   = t*m25
    u,r = t.div(k,sig)
    pi  = pi + u
    k   = k+two
  end

  u = BigDecimal::new("1")
  k = BigDecimal::new("1")
  w = BigDecimal::new("1")
  t = BigDecimal::new("956")
  while (u.exponent >= exp )
    t,r = t.div(m57121,sig)
    u,r = t.div(k,sig)
    pi  = pi + u
    k   = k+two
  end
  pi
end

if $0 == __FILE__
  print "PI("+ARGV[0]+"):\n"
  p pi(ARGV[0].to_i)
end


小林 茂雄 (E-Mail:<shigeo@tinyforest.gr.jp>)